【取材後記】あの震災で、台湾が日本にしてくれたことが圧倒的すぎる!

COURIER JAPON@講談社

https://courrier.jp/

2016年4月20日に講談社のWebマガジン クーリエ・ジャパンに記事が掲載されました。

 

取材過程で撮った写真を中心にご紹介いたします。

 

「走過3・11 幸福を新たに定義する」慈済から出版された311東北大震災のボランティア救済記録本
リンクは慈済会の日本語のHP
2011年 台湾のVIPから頂いた雑誌

 

【発表後の反応】
4月20日に発表された当日、クーリエジャポンのアクセス数は15000PV超を記録しました。

クーリエジャポンのFBでも、3600のいいねと370のシェアを頂きました。

皆さん、311東北大震災での台湾からの援助に感謝していたことが分かりました。

これを機にもっと日本の台湾への理解や絆を深めるために、さらに精進邁進したいと思っております。

読んで頂いた方、いいねやコメントそしてシェアして下さった方、ありがとうございました。

【執筆の経緯1】

2011年3月11日あの時間に私は東京四谷にいました。当日は帰宅難民になり、

一夜を知り合いの施設で過ごし翌朝朝一番で何とか運転再開されていた電車を乗り継ぎ自宅まで帰りました。

二日後の3月13日には、もともと予定されていたフライトで羽田から台湾に渡りました。日本から仕事上のお客様が台湾に来る予定でしたが、当然キャンセルになりました。

台湾に渡ってから、福島第一の事故が発生し、台湾でも震災関連のニュースが連日報道されていました。【下2へ続く】

 

慈済会が東北の各家庭に配った見舞金(写真)

 

【執筆の経緯2】その後、3月18日の台湾でのチャリティー番組を見て、心熱くなった想い出が今でも鮮明に残っています。

そのころ、日本から緊急避難する台湾人など日本から来た人は、全員空港で放射能のチェックを受けなければならなくなっていました。

台湾の友人からも、私と家族の安否の連絡をひっきりなしに頂きました。

 

リンク先は台湾の慈済会HP(中国語)
台中の慈済会の教会(寺院)に掲げたあった看板「台湾からの愛の力を証明しよう」

 

【執筆の経緯3】

その年2011年の秋、訪日していた台湾のVIPから、慈済会の東北でのボランティア活動について、知っているかと聞かれ。

「知らない」というと、後日 「慈済 Tzu Chi Monthly」という雑誌と台湾でのTV報道番組で放映された「八田與一」のビデオを送られたのでした。

 

 

リンク先は慈済会開祖の釋証厳尼僧の日本語Wiki
台中の慈済会の教会(寺院)内の書店 真ん中の写真が慈済会開祖の釋証厳尼僧 台湾のマザーテレサと言われている

 

【執筆の経緯4】

近年になって、東京の出版社を辞めて地元東北の復興をしている会社に転職する友人の送別会をした時に、彼から再度「慈済会」の支援について聞きました。

その時初めて、各家庭にお金を配って回った事実を知りました。

台湾と関わりを深くしている者として、今まで表面的な200億の事しか知らずにいたことを恥ずかしく思いました。

 

リンク先 921地震教育園區 台湾オリジナルHP
921地震教育園區

 

【執筆の経緯5】

そして、今年 クーリエジャパンの編集長にその内容をお話しした時、ぜひ記事にしてみたらどうだろうかとお話を頂きました。

すると、台湾で違う取材を進めている時に、ある日本女性から再度「慈済会のお金と炊き出しの支援」のお話を聞きました。

実際にその場で体験されたその女性の話はとてもリアルで印象的でした。【経緯6 編集後記へ】

 

断層保存館

 

 

地震で隆起した陸上トラックをそのまま屋根を付けて保存ししている。

地震記念館に展示してある数々当時の貴重な写真。

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台湾921地震で最も揺れが激しかったと言われる集集駅 集集線は観光の名所でもある

 

 

 

展示館内にある国際援助のコーナー

日本チームの紹介もありました。

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防災教育館 中では多くの家族ずれや団体がボランティアの説明を聞いていた!

 

 

 

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921地震教育館に残されている倒壊した中学校 地震が深夜であったことが幸い。生徒が居たかと思うと恐ろしくなる!

 

 

三階建ての校舎がペチャンコに。生徒がいなかったことが不幸中の幸い。

 

 

隙間からは、つぶされたロッカーや学校の備品が垣間見える。

 

 

 

 

【執筆の経緯6 取材後記】

 

何かこの記事を書く使命感のようなものを感じながら、筆を進めました。

また、取材した日本女性が台湾の善意で行ったという、「921地震教育園区」やみんなが感謝している「慈済会」を訪問する必要性も感じていました。

ちょうどその頃熊本大地震も発生し、またすぐに台湾が日本を支援してくれました。

謝謝台灣的愛!我們120年前開始,已經都是一家人!希望我們的KIZUNA「絆」更堅持加強!謝謝台灣!ARIGATOU TAIWAN!

 

 

台湾 中華民国紅十字会総会

 

台湾紅十字会の日本語Wiki
台湾 中華民国紅十字会総会の入り口 台北市

その他、関連のページ(参考参照ページ)

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FUJI3 拝

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Fuji3(富吉 桑)

Fuji3(富吉 桑)

日本と台湾を月半々のデュアルライフをしているビジネスマン。日系企業の台湾代表や台湾政府系シンクタンクの顧問をしている。台湾歴29年、台湾大学卒業(国際貿易系 ・大学野球部)、台湾輔仁大学で日本語講師4年半で約3000人を教える。その他、中国語講師やアジアビジネスセミナーなども行う。「台湾から中国・アジアそして日本を見極める!」がモットー。 一言:このブログを通して、アジア・台湾と日本の良さを伝えたいと思っています!              詳しい管理人のプロフィールはこちら