【アジアの中の日本人】台湾医学衛生の父 高木 友枝

高木 友枝(たかぎ ともえ)

台湾大学病院

写真は現在の台湾大学大学病院 旧館正門

高木友江写真1

「台湾医学衛生の父」(1858.8.2-1943 福島県出身)

高木は、東京帝大医学部を卒業し、各種の国際医学会議に参加する著名な細菌学者であった。

1902年、後藤新平との縁で、台湾総監府医学学校の校長兼台北医院院長に就任する。

当時台湾はペストが流行し、高木も上下水道整備事業とあわせ飲料水や排水改善に力を注ぎ、その撲滅に寄与した。

その後、1919年には、台湾電力株式会社(現在の台湾電力公司)の第一代社長に就任、2期勤める。

1929年に帰国。今でも、高木は、学界人から「台湾医学衛生の父」と呼ばれている。

(出展:「中国ビジネスは台湾人と共に行け」P.149)

高木友枝博士像

台湾大学大学病院内に展示されている高木友枝博士の像

誤字修正のお知らせ 2015/03/18 台湾のBillyさんからの指摘で誤字を一文字修正いたしました。

Billyさんありがとうございました。謝謝!

我々日本と台湾の偉人 高木友枝先生について、詳しい情報をお持ちの方は、ぜひ情報提供をお願いいたします。

よろしくお願いいたします。

Fuji3

Fuji3(富吉 桑)
  • Fuji3(富吉 桑)
  • 株式会社アジア市場開発代表。台湾歴35年。著書に『中国ビジネスは台湾人と共に行け』(小学館 2003年)『国会議員に読ませたい台湾のコロナ戦』(産経新聞出版2020年)。「台湾から日本をより良くする 原点回帰」がモットー。 
               
    詳しい執筆者のプロフィールはこちら

5件のコメント

  • 高木友枝の最初の妻で日本に来たドイツ人の女性のことを調べています。
    日本に来て4年ほどでなくなったようです。
    どなたかご存知ありませんか?。
    ドイツのどのような方だったのか?

    • 初めまして 佐藤文昭ともうします
      高木友枝先生の末弟にあたる高木友雄の孫にあたります
      恥ずかしながら 最近友枝先生の偉業を知り
      いろいろ 関連記事を拝見しております
      残念ながら ドイツ留学の際に結婚された
      用ですが それ以上のことはわかりません
      友枝先生のお孫さんも跡取りがないので
      直径の血筋が絶えてしまいますね
      詳しかったいとこの高木次男さんも数年前に亡くなり
      よくわかりません
      情報ありましたら ご教示ください
      よろしくお願いいたします

  • こんにちは 高木友枝先生の記事拝見しました
    私は佐藤ですが 父は高木姓 祖父は高木友雄
    長兄が友枝です 男兄弟は4名
    次男 三男も医師で福島植田町で開業していたようです
    友枝兄弟の両親は現在のいわき市松小屋の豪士?
    であったようです 友枝先生の孫にあたる故 一太郎さんには
    50年近く前 文京区小日向の自宅伺ったことがあります
    残念ながら子供はなく友枝先生の直系の血筋は耐えてしまうようです
    2016年サントリー財団が企画した 海外で活躍した
    日本人で友枝先生が紹介されたようで 最近関連記事をネットで
    興味深くは拝見しております
    私の祖父は医師ではなく慶應義塾(三田塾と文章に記載がありました)卒後 友枝先生を
    つてに台湾に渡航 満州鉄道の書紀として働き 帰国後福島に戻りましたが
    40台で早世したようです 

  • 石井と申します。
    もう既にご存知かと思いますが、友枝の妻ミンナは、昭和22年に日本で亡くなっております。
    東大の石原あえか先生の著書『高木友枝ー台湾衛生学の父』に詳しいです。
    失礼致します。

    • 石井さま
      ご連絡ありがとうございます。
      情報ありがとうございます。
      今後ともよろしくお願いいたします。

      藤 拝

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