【アジアの中の日本人】台湾原住民調査の第一人者 幻の人類学者 森 丑之介

森 丑之介(もり うしのすけ)

台湾原住民調査の第一人者 幻の人類学者 森 丑之介

(1877.1.16-1926.7 京都市出身)

日本と台湾の将来に栄光あれ!

森 丑之介(もり うしのすけ)

(1877.1.16-1926.7 京都市出身)

森丑之助写真1

「台湾原住民の第一通」

森は1895年 陸軍通訳員として訪台。

1900年1月から9月まで鳥居龍蔵(前出)の道案内兼土語、蕃語(山の原住民言葉)の通訳として人類学調査に参加。

1905年台湾総監府殖産局 嘱託として、
植物調査と植物標本の採取を行いながら,
個人的に蕃族(台湾山地原住民の総称)の調査を続ける。

1909年に台湾総監府 古慣習調査会に蕃族科が加わるとその嘱託になり,
台湾各地で蕃地(原住民居住地区)の調査研究を行う。

森は「蕃界調査の第一人者」として、多くの調査記録、映像記録、語学研究所を残してきている。

また、蕃族への理解を訴え、反乱の武力制圧に異議を唱え、蕃族の自治まで計画していた。

しかし蕃族自治区の計画の実現は難しく、1926年7月日本から台湾に帰る船の上から身を投げその命をたった。

(出展:「中国ビジネスは台湾人と共に行け」)

森丑之助 資料写真1

森 丑之助のとった原住民の村の写真

当時、台湾の原住民の部落同士での戦いでは、首刈りの習慣が残っており、多くの骸骨が飾られていた。

この習慣が、支那人や外来人から恐れられていて、近づこうとするものはいなかった。

しかし、日本人は果敢に彼らと接触し、研究し、親しくなり

その後、教育を施し、文化を与え 後に原住民からは首刈りの習慣はなくなっていった!

森丑之助の偉業は、台湾の楊南郡氏によって本にまとめられた。

日本では存在すらあまり知られてい研究家が、

台湾の原住民調査 愛好家の手によってよみがえったのである。

日本人の過去の行いを正当に評価して、残そうとしてくれる台湾の方々に感謝である!


博客來-生蕃行腳:森丑之助的台灣探險(2版1刷)
原住民行脚 森丑之助の台湾探検

上記 楊 南郡著作の森丑之助の本は、翻訳本として日本でも販売されている。

ßぜひ、お時間のある方、興味のある方は手にとって欲しい!

Fuji3(富吉 桑)
  • Fuji3(富吉 桑)
  • 株式会社アジア市場開発代表。台湾歴35年。著書に『中国ビジネスは台湾人と共に行け』(小学館 2003年)『国会議員に読ませたい台湾のコロナ戦』(産経新聞出版2020年)。「台湾から日本をより良くする 原点回帰」がモットー。 
               
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